- インドネシアのヘイズ危機は、ジョコ大統領が気候変動問題でリーダーシップを発揮するチャンスだ。
- 今回の危機により、インドネシアにおける森林と泥炭地の劣化の根底にある問題に取り組む前向きな総意が形成されつつある。
- このポストはコメンタリーであり、見解は著者個人によるもの。
10月下旬、世界火災由来炭素排出データベース(Global Fire Emissions Database: GFED)のグイド・ファンデルワーフ(Guido van der Werf)が 示したデータによれば、猛威を振るうインドネシアの泥炭地火災による炭素排出量はCO2換算で14億トンを超え、日本の年間排出量を上回った。さらに明白な影響として、火災は急激かつ深刻な大気汚染を引き起こし、インドネシア国内での公衆衛生上の危機、および周辺国との政治対立が生じた。インドネシア企業は、自社製品がボイコットによって商品棚から撤去された上、シンガポール政府に告訴され、巨額の賠償金を請求されている。そこに通貨ルピアの下落や、一次産品市場の暴落による石油、石炭、パーム油、ゴムといった主要輸出品目への打撃も重なった。インドネシアは現在、文字通りにも比喩的にも、暗い日々の真っ只中にいる。
けれども、インドネシアにおけるこの公衆衛生の危機と生態系の荒廃は、ジョコ・ウィドド大統領(国内では「ジョコウィ」の愛称で知られる)にとって、ユドヨノ前大統領が失敗した森林・プランテーションセクターの改革をようやく実行できるチャンスだ。インドネシアの森林と泥炭地を荒廃させ、社会集団間の対立を深め、食料安全保障を脅かし、同国を世界屈指の炭素排出国としてきた慣習から脱却するための政策は、国民と企業経営者の両方に支持されている。ジョコ大統領はそうした政策を採用し、実施できるはずだ。
ジョコ大統領はこの機会を逃さず、断固たる行動をとるべきだ。ジョコ大統領は、オバマ大統領との会談と、まもなく始まるパリ気候変動会議を利用して、国際的な支持をとりつけ、現在のインドネシアの環境・経済・公衆衛生への三重の危機を生み出した根本要因を一掃するべきだ。
問題
東南アジア一帯にヘイズを拡散させている火災は、炭素貯蔵量の多い泥炭地や熱帯雨林を単一耕作のプランテーションに転換することを奨励してきた土地利用政策の産物だ。このプロセスの発端は、数十年前に当時の絶対権力者スハルトが与えた伐採許可である。支持と引き換えに伐採権を認めるのが、スハルトの政治的利益供与制度の中心だったのだ。高価な硬材樹種が枯渇すると、プランテーション産業が参入し、伐採後の森林を木材・パルプ・天然ゴム・パーム油のプランテーションに転換した。開発ラッシュのなかで、かつては役立たずの不毛の地とされた泥炭湿地も、排水され皆伐されて、モノカルチャーに転換された。中小企業や移民もこうした土地に押し寄せ、プランテーションへの転換をますます推し進めた。このプロセス自体を通じて大量の炭素が放出されたが、それはさらに、莫大な炭素時限爆弾の導火線に火をつけることにもなった。
その爆弾がいま爆発している。乾燥した泥炭地は非常に燃えやすく、いったん発火すると消火はほぼ不可能だ。通常の年でも泥炭地火災による損害は甚大だが、雨季の到来によって最悪の時期は終わりを迎える。だが、エルニーニョの年などで乾季が長引くと、大災害につながることがある。
インドネシアの土地管理の慣習がもたらす生態系への悪影響の最初の兆候が現れたのは、1982~83_年のエルニーニョの時であり、この際スマトラとカリマンタンで数百万ヘクタールが焼失した。しかし、ここから教訓を得ることなく、それどころか問題の元凶となった慣習の規模は急速に拡大した。1983年以降、インドネシアの油ヤシ栽培面積は1100万ヘクタール、木材・パルプ生産面積は400万ヘクタール、天然ゴム生産面積は200万ヘクタール増加した。そして、もっとも安上がりな開拓方法は、相変わらず火を放つことだった。
世界はこの慣習にあまり関心を向けていなかった。だが、1997~98年の大火災で、800万ヘクタールが焼失し、数十億ドルの経済的損失が生じ、数十万人が呼吸器疾患で入院し、何万という人々が早すぎる死を迎えて、ようやく世界が危機に目を向けた。しかし、対策がとられることはほとんどなかった。相変わらず泥炭地での操業許可が下りる一方、森林は伐採によって痩せ細り劣化した。インドネシアは、火災対策での協力の円滑化を目的とした、ヘイズに関する地域的多国間合意への署名を拒否した。2000年代および2010年代前半を通じて、一次産品(とくにパーム油)相場は歴史的高値で推移し、それがさらなるプランテーション開発を誘発した。火災とヘイズは単なる操業上のコストとみなされた。2013年、風向きの関係で例年以上のヘイズがシンガポールに押し寄せて、ようやくヘイズ問題が再び国際的な注目を浴びた。
海洋学者が強いエルニーニョを予測する一方、スマトラとボルネオの土地劣化の原因となった問題にはまともに対策がとられていなかったので、今年のヘイズの再来は驚くにはあたらない。すでに火災とヘイズは1997~98年以降で最悪の規模に拡大している。アムステルダムに本部をおく、 世界火災由来炭素排出データベース(GFED) のグイド・ファンデルワーフの推計によれば、9月上旬以降の泥炭地火災による炭素排出は、米国経済全体の排出を上回っている。かなりの降雨がない限り、状況が改善する見込みはない。
ジョコウィの登場
ジョコ・ウィドドの2014年の大統領選出馬は、インドネシア政界の権力者たちにとって脅威だった。家具メーカーとしての慎ましい出自を持つジョコ氏の強みは、ソロとジャカルタでの市長時代に培ったすぐれた管理とガバナンスの実績だ。インドネシアの過去の指導者たちと異なり、彼には政界や軍部とのコネクションはなかった。クリーンで能率的な行政手腕に加え、彼は集落や地域、行政当局にアポなしで訪問する「blusukan」のやり方でも有名だ。要するに、ジョコウィは大衆の利益を守り、権力を握る支配層の既得権益と腐敗に反対する、まっとうな人物とみなされた。彼は市井の人々の懸案を擁護したのだ。
旧来の権力構造から外れた人物であるがゆえに、ジョコウィには政策を実行する政治資本がないのではと懸念されていた。旧勢力の傀儡に終わるのではないかと思われていたのだ。
案の定、ジョコウィの道のりは順風満帆とは程遠いものだった。大統領就任の前から、権力者たちはことあるごとに彼の政策を弱体化させようと働きかけた。森林は、インドネシアの一部の権力者にとって長らく富の源であり、こうした現実の犠牲になってきた。
現在の情勢
森林・プランテーションセクターは近年、過去10年間の黒字を帳消しにする一次産品価格の下落により苦境に陥っている。とりわけパーム油への打撃は大きかったため、インドネシアの政治家たちは、バイオディーゼルの法定パーム油混合率を引き上げる げるといった、新たな補助制度を捻出した。権力者たちは、「安全保障」を盾にしてまで、ボルネオや ニューギニア の僻地での大規模プランテーション開発を正当化している。いまあるプランテーションの収量を増やしたり、質の悪い種子を売りつけて小作人を貧困状態にとどめている悪徳業者を取り締まるといった、実践的な対策は二の次のようだ。
このような利権に切り込むのは容易ではないが、ジョコ大統領にとって今が絶好のチャンスだ。インドネシア有数の大企業の積極姿勢や、ヘイズ危機に対する国際的懸念がそれを後押ししている。
インドネシアで操業する多くの企業は、グローバル企業へと成長する野心を持っている。だが、土地を収奪し、集団間の対立を先鋭化させ、野山に火を放ち、原生林を更地にしていては、それは実現不可能だ。そのため、企業はこぞって森林伐採ゼロ方針を明確に打ち出し、生産と原料調達に関して基準を示した。しかし中には、衛星画像によって操業許可地内に火災のホットスポットが発見され、信頼性に重大な疑いが生じている企業もある。火をつけたのは自分たちではない、消火のために手を尽くしている、と企業は主張するが、ヘイズ危機のなか、一般大衆はこうした企業を非難している。こうした状況から、一部の企業は、土地の権利の明確化や、法執行の徹底といった、長期的解決策を求めるようになった。こうした主張がたとえ一時的なものだとしても、公的なコミットメントとヘイズ問題の暴露を通じて、企業は旧態依然とした利権を死守する側から、改革を求める闘いの同盟側へと移行をとげたといえよう。
ジョコ大統領と同様、こうした企業の一部は、インドネシア政府から反発を受けた。例えば、パーム油生産目的の森林伐採の全廃に向けた取り組み、「インドネシア・パーム油誓約(Indonesia Palm Oil Pledge: IPOP)」に参加する企業に対し、経済調整省は「インドネシアの国益を害している」と非難した。本当にインドネシアに損害を与えているのはヘイズだと、ジョコ大統領は指摘すべきだ。実際、1997~98年のヘイズにより、1万1千人以上の成人が心臓疾患にかかり早期に死亡したことが、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のミリアム・マーリアーの研究でわかっている。乳幼児はさらに甚大な影響を受けたとみられる。
国外に目を移すと、インドネシアに対策を求める隣国からの声は大きくなるばかりだ。長らく不満を述べるだけだったシンガポールは、問題の責任は企業にあるとして、ヘイズの原因となった火災に関与した企業に罰金を科すことを開始した。こうした企業の多くはシンガポールで上場していたり、本社や支社を置いている。住みやすく、ビジネスがしやすい街というシンガポールの評判を、ヘイズが損ねているのだ。シンガポールやマレーシアなどの国々は、火災を封じ込めるため、技術面・戦略面・資金面でインドネシアに協力を申し出ている。
周辺国だけにとどまらず、ヘイズ危機はパリ気候会議(COP21)の準備を進める各国外交官からも注目を集めている。それどころか、気候問題はワシントンDCでのジョコ大統領とオバマ米大統領の会談の最優先課題のひとつとされている(訳注:英語版記事の発行はジョコ大統領の訪米前の10月22日。ジョコ大統領は首脳会談のあと、ヘイズ対策のため滞在予定を切り上げて帰国した。会談後、米国はヘイズ対策のためインドネシアに275万ドルの拠出を発表している)。
このように2方面からの強力な支援が期待されるなか、ジョコウィを大衆の利益の守護者として選んだインドネシア国民の支持を背景に、ジョコ大統領はヘイズ対策と気候変動対策の両面で積極的な政策を推し進めることができるはずだ。
必要な改革
土地の劣化、火災、ヘイズという現状の負の連鎖は、スマトラとインドネシア領ボルネオの広範囲を蝕み、近い将来インドネシア領ニューギニアにも拡大するおそれがある。これに打ち勝つには、抜本的な改革が必要だ。
インドネシアはすでに大きな前進をみせている。2011年以降、インドネシアは数百万ヘクタールの森林および泥炭地において、操業権の新規発行を一時停止している。同国は「One Map」と銘打ったプロセスを発足させ、土地の権利の重複を解消し、伝統的な土地利用権の容認に努めている。また政府は、森林利用の現状に関してより率直な姿勢をみせ、グローバル・フォレスト・ウォッチなどのプラットフォームにデータ提供をおこなうことで、透明性を向上させた。しかし、温室効果ガスの排出削減の面で意味のあるタイムスケールでヘイズ対策をおこなうために、インドネシアは主要分野での改革を加速させるべきだ。
脆弱な地域の保護強化 2011年、インドネシアは伐採・プランテーション操業権の新規発行を一時停止したが、泥炭地の劣化を進める土地利用を依然として容認しており、そのため火災とヘイズが悪化する状況がうみだされている。現在の深刻な状況を考えると、ジョコ政権はすべての泥炭地の土地改変に一時停止期間を設け、環境省はその間に、泥炭地のすみずみまで操業権の監査を完了させるべきだ。監査によって、泥炭地と森林に関するすべての法令が遵守されていることを確認する必要がある。法令が遵守されていた場合、政府はより革新的なアプローチとして、操業権を買い取ったうえで生態系復元の用地として認可を更新する、といった手段を検討すべきである。ジョコ大統領は、パリCOP21の前に真のリーダーシップを発揮し、断固とした泥炭地開発停止と最近焼失した泥炭地の復元にコミットすることができる。
生態系復元 過去のヘイズ災害の後には、開発業者が火災の被害に乗じて泥炭地を開拓し、油ヤシプランテーションに変えていた。ジョコ大統領は焼失からまもない土地でのプランテーション開発を禁止し、こうした慣習に終止符を打つべきだ。こうした土地の水文学的・生態学的機能を回復させるためには、金銭的インセンティブが必要だ(12月のパリ気候サミットで採択が見込まれるメカニズムを通じ、国際社会からの資金調達が可能だろう)。こうした取り組みが結果につながるよう、金銭的メカニズムは実際の成果と直結し、かつ今ある生態系の維持に対する補償も含むものとすべきだ。また、高炭素貯蔵および高保全価値の土地の開発を保留することが、企業にとって不利益にならないことを明確化しなくてはならない。国の自然資産(これこそインドネシアの本物の競争優位のひとつだ)を守る努力をする企業は、政府から賞賛されるべきであって、操業権の取り消しを食らうべきではないのだ。
法執行の徹底 いま炎上している泥炭地は、名目上は多くのインドネシア国内法で守られている。しかしこれらの法はしばしば相互に矛盾し、場当たり的に執行されているため、処罰は限定的か、ときには差別的ですらある。インドネシア政府は一貫性を持って真剣に取締を実施し、企業重役であれ強いコネを持った相場師であれ不法占拠者であれ、違反者を処罰すべきだ。もはや焼畑法(訳注:小規模農業者による2ha未満の土地開拓の際にのみ、延焼防止措置を講じたうえで火を使うことを認める法律)を無視することは許されないし、泥炭地に関する法律(PP 71/2014)も厳密に執行しなければならない。管轄内で火災への対処を繰り返し怠ってきた行政当局者も処分対象とすべきだ。
モニタリング 衛星データ、グローバル・フォレスト・ウォッチなどのプラットフォーム、NGOによる報告書の中には、火災の発生場所を特定し、消火活動を迅速化させることのできる情報がたくさんある。しかし、インドネシア政府が最新の操業許可地の地図を公表していないせいで、法執行は困難をきわめ、民間企業の責任の所在が不明確となっている。情報を更新することで、火災が発生する前に分析と対処をおこなうことも可能になるだろう。予測モデル、現地ネットワークによるモニタリング、広報キャンペーンは、いずれも火災防止に役立つはずで、その費用対効果は消火活動よりもはるかに高いだろう。
土地をめぐる係争の解決 土地の権利をめぐる係争の問題はインドネシア全土に蔓延しており、その原因はずさんな帳簿、さまざまなレベルの行政当局_間のコミュニケーションの欠如、汚職、公然とおこなわれる不正である。誰がどの土地で何の権利を持っているかを整理するのは煩雑をきわめる作業になるが、ガバナンスの向上には不可欠であり、それなくしては徴税、監査、土地計画といった通常業務も不可能だ。ジョコ大統領は「One Map」の実現に向け、タイムラインにそってリソースを注入すべきだ。
実効性試験 州および県のレベルで、地方政府および民間企業が火災とヘイズの原因に対処する新たなアプローチの実験をおこなっている。例えば、火災の被害がとくに甚大な中央カリマンタンでは、特定の管轄区域内のすべての油ヤシ生産者に対し、持続可能生産基準への参加を促している。この方法ならば、管轄区域内で生産されたパーム油はすべて生産基準を満たしていることを買い手に保証できる。また、ピアプレッシャー(同業者どうしの相互の圧力)により生産者の歩調が保たれる。生産者の誰かが基準を遵守しなかった場合、区域内の全員が認証を失いかねないからだ。
包括的財政 インドネシアでは従来、土地利用に関する決定において総生産が重視され、生産を達成するコストは度外視されがちだった。その結果、パーム油、木材、パルプといったバルク商品の生産が優先され、収入源の多様化は遅れていた。そのうえ、水質汚染、大気汚染、地盤沈下、洪水、食料安全保障の不安定化、気温上昇、火災リスクの上昇といった要素は外部性として無視されていた。しかし、現在のヘイズ危機が示すように、従来のビジネスのコストは莫大なものだ。インドネシア政府は、持続可能な開発への方向づけを、インセンティブの再構築から始めることができるだろう。例えば、泥炭地と森林を除いた土地においてコミュニティと企業の合同ベンチャーを奨励する、といった方法がある。省庁はすぐれた管理に優遇税制を適用し、プランテーション面積ではなく高収量を生産目標とすべきだ。コミュニティが森林を保護しているところでは、政府はその権利を認め、コミュニティの主張を法的に曖昧な状態に留めておくのはやめるべきだ。低炭素・持続可能開発プログラムを実践する地方政府に有利な財務政策を採用し、天然林や泥炭地の開拓のインセンティブをなくすべきだ。
以上のような方法をとることで、インドネシアは現在の環境危機に対する抜本的な対策において前進し、持続可能で公正なインドネシアの未来への道を示すことができるだろう。
ヘイズ危機はインドネシアの森林を救うことができるか?
ヘイズ危機がインドネシアの森林と泥炭地の救世主であるとは思えないかもしれないが、ジョコ大統領が正しく手を打てば、本当にそうなる可能性はある。
気候変動対策への世界的な機運と、大企業によるめざましい取り組みを味方につけることで、ジョコ大統領は東南アジアの暗い空を大きな勝利に結びつけることができる。それは、有権者の期待どおり、凝り固まった既得権益との分の悪い闘いから大衆の利益を守ることにも、またインドネシアの地位を向上させることにもつながる。その勝利が実現すれば、インドネシア国民も、国際社会も、国内外の投資家も、ジョコ大統領を高く評価することだろう。