- クロツラヘラサギは特徴的な採食行動で知られ、愛鳥家やアジアの人々の心をつかんでおり、沿岸保護区設立における定番のアンブレラ種として、他のさほど有名ではない鳥たちの保護に役立っている。
- 移動性の本種の長期的保全には、夏の繁殖地、冬の集結地、それに中継地の保護が必要だ。韓国、中国、台湾、日本、ベトナム、タイ、フィリピンの協力した取り組みが求められる。
- 急激な人口増加や、住宅・娯楽・工業・水産養殖・農業を目的とした沿岸開発が本種へのおもな脅威となっている。本種の存続は、人々の関心と介入が得られるかにかかっている。
朝鮮半島に秋が訪れるとともに、クロツラヘラサギは、世界屈指の軍備国境のなかにある繁殖地から旅立つ。1953年の朝鮮戦争終結以降、北朝鮮と韓国を隔てる非武装中立地帯(DMZ)は人の立ち入りが禁じられている。その結果、この幅4kmの無人地帯は、絶滅に瀕したこの鳥の安住の地となった。
冷戦の膠着状態の名残である朝鮮半島のDMZは、クロツラヘラサギの重要繁殖地を沿岸開発から守ってきた。北朝鮮のクロツラヘラサギ生息状況がデータに乏しいことは、敵対する2国がDMZをはさんでにらみ合っていることや、北朝鮮社会の閉鎖性を考えれば無理もない。それでも、DMZがこの鳥の最大繁殖地であることには変わりないと、専門家はいう。
一方、中国北東部の別の重要繁殖地、渤海湾から遼東湾にかけての岩石露頭は危機に瀕している。それだけでなく、渡り鳥である本種にとってなくてはならない、韓国や中国本土、東南アジアの湿地帯にも、開発の波が急速に押し寄せている。
地政学的対立の渦中で愛される鳥
クロツラヘラサギ(Platalea minor)は、つい最近の1980年代まで絶滅寸前だった。研究者の推定では、当時の個体数は288羽まで減少していた。現在も本種は絶滅危惧種(EN)だが、その個体数は順調に年々回復している。2015年のクロツラヘラサギ国際調査では、初めて総個体数が3000羽を上回った。
クロツラヘラサギの喜ばしい個体数増加は、国際協力にもとづく保全の取り組みによるところが大きい。しかもそれは、世界でも有数の、根深く、ときに激しさを増す地政学的対立を抱える国々、すなわち北朝鮮と韓国、中国と台湾、中国と日本によるものだ。さらにここ10年間で、ロシア沿海州でも本種の繁殖が確認されるようになった。
ここ数十年のあいだに、長い脚とずんぐりした体をもつこの鳥は、保護下にある湿地からよちよち歩きでさまよい出て、あるいは力強く舞い上がって、バードウォッチャーだけでなく、一般の人々の心のなかにも居場所を得たようだ。
クロツラヘラサギの渡りルートは、世界に6種いるヘラサギのなかでも最も限定されていて、東アジアーオーストラレーシア飛行路の北半分に沿っている。本種は3月から9月にかけて、朝鮮半島西岸の小さな島々や中国遼寧省からロシアにかけての沿岸部で繁殖する。冬になると南に渡り、中国沿岸、韓国、台湾、香港、マカオ、ベトナム、タイ、フィリピンで越冬する。クロツラヘラサギ(Platalea minor)は、ヘラサギ類で唯一、IUCNレッドリストで絶滅危惧種(EN)に指定されている。
クロツラヘラサギは、特徴的な平たいへら状のくちばしを器用に使い、低地の入江、池、湿地で餌をすくいとる。風変わりな見た目の頭を水中ですばやく左右に振りながら、魚や甲殻類を捕まえる姿は、多くの野鳥愛好家の憧れの的だ。そして次の瞬間、首を後ろに傾け、大口をあけて獲物をごくりと丸呑みにする。ヘラサギの群れは隊列を組んで連携し、浅瀬に獲物を追いこんで、おたがいに助け合ってごちそうにありつく。
こうしたコミカルな採食行動を撮影しようと、写真家たちは中国や韓国にある繁殖地や中継地につめかける。台湾や香港の熱心なバードウォッチャーにとっても、クロツラヘラサギは冬のお楽しみだ。2015年、クロツラヘラサギの全世界の個体群 のうち62%は台湾で越冬し、13%は香港北部と中国本土を隔てる深セン湾で越冬した。
香港でのクロツラヘラサギ保全、他種の鳥にも恩恵
720万の過密な人口を抱える香港は、自然保護にうってつけの場所とは言い難い。しかし、深セン湾の米埔自然保護区は、放棄されたエビ養殖池(基圍蝦:Gei Wai)、立ち入りの難しいマングローブ、広大な干潟、一般のアクセスが制限された野鳥観察用ブラインドを備え、この保護区のうっそうとした森林やその他のハビタットは、水平線の向こうの深センの高層ビル群からは想像もつかない野鳥の楽園となっている。
深セン湾は毎年12万羽にのぼる渡り鳥の重要な中継地だ。いまや絶滅寸前のヘラシギ(Calidris pygmaea:ヘラサギの親戚ではない)も、ここを訪れる。
米埔自然保護区の管理責任者は、WWF香港支部 のベナ・スミス氏だ。スミス氏によれば、ヘラサギはアンブレラ種として一般大衆の保全への関心を高める存在だという。
ヘラシギをはじめとする、米埔を訪れる絶滅危惧種の鳥をさし、彼はいう:「小さな鳥に人々の関心を集めるのは容易ではありません。けれども、(クロツラ)ヘラサギは大きな鳥で、人気が高く、見ていて面白いんです。干潟にいるたくさんの小さな鳥たちは見つけることすら難しいのですが、ヘラサギは簡単に観察できます」
絶滅危惧種の動物の保全にありがちな、「暗く陰鬱な」筋書きから外れたヘラサギのストーリーに、スミス氏は勇気づけられるという。「クロツラヘラサギは、指さして『ほら、わたしたちにはできる!』といえる、すばらしいお手本です」
クロツラヘラサギは、米埔および隣接する深セン湾の一部がラムサール条約登録地として、国際的に重要な湿地に選定される際にも重要な役割を果たした。しかし、このように保護下にありながら、深セン湾の周縁部では開発の圧力が高まっている。
同様の開発圧は、選定理由にクロツラヘラサギの保護を含む、他のラムサール条約登録地にも迫っている。ベトナムのスアンスイ(Xuan Thuy)国立湿地保護区、中国の東寨港国立自然保護区、塩城国立自然保護区、崇_明東灘自然保護区、汕頭マングローブ自然保護区、日本の漫湖、韓国の順天湾、松島などだ。
ヘラサギを強力に擁護する人々の多くは、長期的展望をいまも憂慮している。香港バードウォッチング協会の主任研究員、Yu Yat-tung氏もその一人だ。彼はクロツラヘラサギ国際調査の発行責任者を務める。2015年の3272羽という集計結果にもかかわらず、Yu氏は将来を悲観している。
「クロツラヘラサギは近年順調に増えているようですが、実際はまだ十分に安心とはいえない状況だと、伝え続ける必要があります」と、Yu氏はいう。彼は、黄海および南シナ海沿岸の埋立をとりわけ危惧している。
増えつつある個体数を養えるかという問題もある。ヘラサギは大きな群れをつくるため、個体数が増えるにつれ、より広大な湿地と十分な食料源が必要となる。
「台湾と香港以外では、クロツラヘラサギの保全に関してすぐれた管理計画を備えた湿地や自然保護区はほとんど見当たりません」と、彼はいう。「個体数増加にともない、鳥たちの居場所がもっと必要になります」
クロツラヘラサギはまだ謎の多い鳥だ。「じつは、深セン湾の越冬個体数はピークだった2010年の462羽から、2014年には252羽に減少しています。そこから2015年1月には411羽に回復したのです。減少の原因がわからないのは心配ですが、想像の域をでません」と、Yu氏はいう。
2014年の減少要因の候補のひとつが病気だ。鳥ボツリヌス感染症は、ここ数年香港で少数の鳥たちを死に追いやった。2002_年には台湾の台南で73羽の鳥が死んだ。
台湾での研究と保全
台湾にはクロツラヘラサギの保全に関わるNGOがたくさんある。なかでも最も熱心なのが、1998年設立の台湾クロツラヘラサギ保全協会(TBSCA)だ。
「メンバーのほとんどは地元住民で、漁師、労働者、教師などです。わたしたちの主な仕事はクロツラヘラサギをはじめとする鳥類と湿地生態系の長期研究と、台湾での現地教育です」と、TBSCA事務局長のTai Tzu-yao博士はいう。
2007年、TBSCAはクロツラヘラサギの観察記録を収集するオンラインプラットフォーム クロツラヘラサギ保全ネットワーク」 を発足させた。昨年は放棄された池で湿地回復プロジェクトをスタートした。「台南で越冬するクロツラヘラサギにとって貴重な_採食・休息場所になってくれればと願っています」と、Tai博士はいう。
台湾の国民感情はこの鳥にとても好意的だが、楽園にも意外な形で問題が生じている。TBSCAでボランティアのウェブ管理者を務めるWu Shih-hung氏によると、保護下にある越冬地で超軽量飛行機を違法に操縦するパイロットがいて、鳥を妨害しているという。「違法行為ですし、鳥が怖がっています。でも国は何もしてくれません」
韓国でのクロツラヘラサギ保護の取り組み
韓国はクロツラヘラサギの生息地保全の重要な取り組みをおこなってきた。しかし、それには慎重な舵取りが必要だ。1000万の住民を抱える大都市ソウルは、つねに土地と資源を求めている。
韓国政府は、いくつかの繁殖地を「天然記念物」に指定するなどして、環境省の管轄下に置いている。韓国最大の保護区は江華干潟で、面積は約435平方kmだ。
Lee Ki-sup博士は、香港のYu Yat-tung博士および日中の3人の研究者と共同で、2010年の移動性野生動物種の保全に関する条約(CMS、通称ボン条約)会議において『クロツラヘラサギの保全に関する単一種国際アクションプラン』を発表した。分布域全体でこの種を守るための詳細な計画だ。
「(韓国で)もっとも新しく(天然記念物に)指定されたのは、仁川市の松島の_採食場所です」と、Lee博士はいう。「2014年にラムサール条約登登録地になりましたが、その面積は狭いです」ヘラサギが増えるにつれ、政府はそれに合わせて保護区を拡張しなければならない、と博士は指摘する。
韓国では多数の埋立計画が永宗島の干潟を脅かしていると、Lee博士はいう。ここはヘラサギの夏の繁殖期の重要な_採食場所だ。この島にある仁川国際空港も、鳥類に影響するだろう。
「永宗島では、いくつかの集結地が埋立てられるでしょう」と、彼は明かす。埋立と開発が進めば、渡り鳥は休息地を失う。ヘラサギのハビタットを求める人間たちの圧力は、南の越冬地にも迫っている。
埋立により、潮間帯ハビタットがアジアの沿岸部全体で徐々に減少しているせいで、近年のクロツラヘラサギの増加に歯止めがかかり、最悪の場合には再び減少に転じるかもしれない。住宅・娯楽・工業・水産養殖・農業を目的とした急速な沿岸開発は、依然としてこの渡り鳥の冬の集結地と夏の繁殖地を圧迫している。個体数わずか3000羽、繁殖個体は毎年推定500~700ペアのクロツラヘラサギは、依然として非常に脆弱な状態にある。アジア各国の政府、愛鳥家、保全関係者、関心をもつ一般大衆が、この魅力的な水鳥の将来にわたる繁栄を望むのならば、いますぐにクロツラヘラサギに注目し、介入を継続することが必要だ。