エジプトのジュゴン。マナティの親戚にあたる本種は、48ヶ国にわたる分布域の大部分で脅威にさらされている。写真:Matthijs.
日本の南端に位置する沖縄県は、長きにわたって米軍基地が置かれている熱帯の島々だ。基地は必ずしも万人から歓迎される存在ではなかった。普天間基地を都市化が進む島の北東部から人口の少ない北部の辺野古湾に移設するという、長年の計画は、多くの住民やNGOの怒りを買っている。現在準備段階にあるこの開発は、自然環境への深刻な打撃となり、象徴的な存在であるジュゴン(Dugong dugon)の未来を閉ざすものだと、かれらは主張する。ジュゴンはマナティーの親戚で、人目につきにくい、おとなしい草食獣だ。
状況打開への期待が高まりを見せたのは、キャロライン・ケネディ駐日米国大使と、2014年11月に移設計画反対を掲げて当選した翁長雄志・沖縄県知事の会談が発表された時だった。
しかし、期待はすぐに失望に変わった。6月19日の会談のあと、東京の米国大使館が発表した声明で、ケネディ大使は辺野古移設こそが米国が認識する海兵隊基地問題の「唯一の解決策」であると再度表明した。一方の翁長知事は、現在米軍の管轄下にある辺野古周辺の海域で環境調査を実施するよう県として要請したが、ケネディ大使は応じなかったと主張する。
2015年5月17日、基地建設に反対する推定3万5千人の集会参加者に向かってスピーチする翁長雄志・沖縄県知事。翁長知事は移設計画反対を掲げて2014年11月に当選した。写真:グリーンピース / 澤口佳代
「沖縄、日本だけでなく世界中で高まっている反対の声を米国大使が聞き入れなかったことに、非常に落胆しています」と、グリーンピース・ジャパンの広報担当、関本幸氏は会談後に話した。グリーンピースは基地反対キャンペーンを長年続けている団体のひとつで、数千人規模の抗議集会を企画し、建設現場近くのキャンプ・シュワブにカヤックで詰めかけるデモをおこなった。会談の前、グリーンピースは米国に建設中止を求める5万3千人以上の署名を提出していた。
対立の発端は、米国が移設計画を発表した1997年にさかのぼる。現在の安倍晋三内閣の後押しをうけ、米国は新たな基地の有力候補地は辺野古湾のみであるとの立場を守り続けてきた。
計画には多くの批判があり、適切な環境影響調査が実施されていないこと、建設のための土地開発によりサンゴ礁および2か所の海草藻場が破壊されることが指摘されている。後者は、激減しているこの地域のジュゴン個体群にとって、知られている限り唯一の餌場だ。
基地の新規建設反対のプラカードを掲げる反対派の人々。2015年5月17日、沖縄・那覇市にて。基地はジュゴンにとって不可欠なハビタットを脅かすとみられ、地元住民の激しい反対にあっている。写真:グリーンピース・ジャパン
沖縄本島を含む琉球列島の周辺の熱帯海域は、ジュゴンの分布域の北限だ。域内のジュゴンの推定個体数は、楽観的にみて50頭(1997年の推計で、きわめて信頼性に乏しい)、少なく見積もればわずか3頭だ。
国際ジュゴン保護キャンペーン代表であり、名桜大学と琉球大学で教鞭をとる人類学者、吉川秀樹氏によれば、域内にはほかにも海草藻場があるものの、そこでジュゴンの採食がみられたことはないという。
そのため、基地建設予定地はジュゴンにとっても、ほかの海洋生物にとっても非常に重要な場所だと、彼はいう。「辺野古湾と大浦湾は沖縄でも屈指の生物多様性の高いエリアで、海洋生物が5300種以上生息し、うち260種が絶滅危惧種です。この場所は自然保護区に指定するべきで、軍事基地や訓練場などもってのほかです」
ジュゴンは日本の環境省により絶滅危惧1A類に指定され、米国野生生物局にも絶滅危惧種に指定されている。にもかかわらず、基地反対派の懸念や抗議、多数の訴訟は、日米両政府に黙殺されてきたと、反対派は主張する。
基地建設に反対するカヤックを使っての抗議デモ。2014年8月。写真:グリーンピース / 澤口佳代
ジュゴンが直面しているのは、沖縄における局地的な危機だけではない。ジュゴンの分布域は48ヶ国、14万kmの海岸線に沿った広大なものだが、個体群は著しく分断されており、日本のものを含め多くの個体群が絶滅の危機にある。脅威となっているのは、生息地破壊、狩猟、海洋汚染だ。インド洋のアンダマン・ニコバル諸島近海の個体群は、過去50年間で50%以上減少したという 研究がある。
サンフランシスコ州立大学の地理学教授エレン・ハインズ氏は、ジュゴンとその餌の海草の専門家だ。ハインズ教授はかつて沖縄のジュゴン個体群の保護キャンペーンに協力し、2007年にジュゴンの移動に関する調査をおこなって、この地域のジュゴンが辺野古湾の海草藻場で採食していることを確認した。彼女と、豪ジェームズ・クック大学およびフィリピン大学の共同研究者たちは、人目につきにくいジュゴンの行動を追跡する方法を地元沖縄の人々に教えた。
彼女の研究成果には「極地が専門の研究者から」批判もあったが、「辺野古湾にはジュゴンがいて、そこを採食場所としている」と、ハインズ教授はmongabay.comに語った。種の分布域の北限にいる孤立個体群であるため、そもそも存続の可能性が低いのだと、彼女はいう。加えて、沖縄のジュゴンは、第二次世界大戦後の狩猟など、過去の人間活動によって個体数が減っているため、とくに脆弱だ。
エジプトにて、海草を食べるジュゴン。ジュゴンは温暖な沿岸域に生息し、ほぼ完全に海草しか食べない。写真:Matthijs.
「わたしたち(米国)は自然環境の管理責任を果たしていません」と、ハインズ教授はいう。「米国政府が沖縄でやっていることは、米国内では通用しないと思います。敷地内で絶滅危惧種を保護する措置を講じている基地もありますから」
ジュゴンはこの地域の人々にとって重要な文化的意義をもつ動物だと沖縄の人々は主張し、基地建設を中止させるべく起こされた数々の訴訟でもそれが重要争点とされた。
「沖縄民話では、ニライカナイ(彼方の地)から来る神々はジュゴンの背中に乗っているといわれ、またジュゴンは海の豊穣を告げる生き物です」と、沖縄のスキューバダイビングガイドの東恩納琢磨氏は、裁判で原告として証言した。かれは一昨年、日米のNGOが滑走路建設中止を求め米国国防総省を訴えた 裁判 で原告を務めた。
新飛行場計画のある米軍基地キャンプ・シュワブ付近で、カヤックに乗った反対派に近づく日本の沿岸警備隊。2015年5月17日。カヤックに乗った人々は飛行場建設に反対している。写真:グリーンピース / 澤口佳代
この訴訟は、国家史跡保存法(National Historic Preservation Act)の定めにより、他国の文化にとって重要な場所や物への損害を回避または軽減することを米国政府に要請するものだ。カリフォルニア州の地方裁判所は訴えを却下したが、生物多様性センター(Center for Biological Diversity: CBD)やEarthjusticeなどの原告は上訴している。
キャロライン・ケネディ大使が基地建設続行を表明したことで、日米両国政府には当面のあいだ圧力に屈するつもりはないことが改めて示された。
ジュゴン保護キャンペーンの吉川秀樹氏は、ケネディ大使が環境面での懸念を認めようとしなかったことに落胆しているが、最終的に事態を一転させる権限をもっているのは日本政府だという。
泳いでいるジュゴン。オーストラリアにて。写真 Earthrace Conservation. |
「日本政府からもよい反応は得られていません。とくに安倍首相からは」と、吉川氏はメールで述べた。「わたしには、日本政府はいわば面目を失うことを恐れているのではないかと思えることが多々あります。米国政府には沖縄の人々と直接対話する必要も、資金面での心配もありませんから(建設費は日本政府が負担するため)、米国政府はただ日本政府に賛同しているのです」
ジュゴンとその保護を求める人々は困難に直面しているが、ハインズ氏にこの長い闘いをあきらめるつもりはない。
「最初の訴状の『対合衆国国務省』の文字を見たときから、これはダビデとゴリアテの闘いだとわかっていました。先日の裁判所決定には落胆しましたが、ここであきらめるわけにはいきません」
訂正: この記事の以前のバージョンでは、カヤックに乗った人々と日本の沿岸警備隊の写真はキャンプ・シュワブ周辺で2014年8月に撮影されたものというキャプションでしたが、実際の撮影日は2015年5月17日でした。 |
情報開示: 2015年12月、この記事の執筆者が記事公開の時点でグリーンピースの広報業務を受注していたことが判明しました。記事内容はこの関係に影響されていないと執筆者は主張しています。この記事はmongabayエディターによる独立の編集とファクトチェックを受けています。