- ボン気候会議(会期5月16日~26日)で、REDD+の資金調達など、パリ合意の詳細に関する議論がおこなわれた。実際の政策決定の場は、11月7~18日にモロッコのマラケシュでおこなわれるCOP22である。
- パリ気候合意で世界が一致したという成果に、各国指導者たちは楽観的な賛辞を述べる。一方、昨年12月になされた約束から、アクションプランに実質的な前進はほとんどないと、環境保護団体は指摘する。
- 他方、史上最大規模のエルニーニョにより世界の気温は7か月連続で最高記録を更新し、大きな被害がもたらされた。干ばつ、水不足、飢饉(特にインドとアフリカ)、山火事(カナダ・フォートマクマレー)、サンゴの白化。北極の氷床は急速に縮小し、冬から春にかけて記録的な速さの融解が観測された。
- 2100年までの世界の気温上昇を工業化以前の水準+1.5℃以内に抑えるというパリ合意の目標は、ほぼ達成不可能であると多くの研究者は認める。参加国の現在の炭素排出目標ではプラス3℃が精一杯だが、これでは地球上の一部地域が居住不可能になる可能性がある。

毎年開催のドイツ・ボンでの国連気候会議が今年も開幕し、相反するメッセージが発信された。各国指導者や交渉役の政治家たちが「歴史的なパリ合意」を自画自賛する一方、環境保護団体は、地球の現状はほとんどの人が考えている以上に悪く、気候アクションへの政治的意思の強さは依然として、恐ろしく早い温暖化のペースに遠く及ばないと、陰鬱な警告を発した。
会議の幕開けと同時に、地球の気温が 7か月連続 で最高記録を更新したと NASAが発表した。2016年の最初の4か月の気温は、1880年代の工業化前ベースラインに比べて、平均で1.43℃高かった。この数値は、研究者たちが危険レベルの気温上昇と考え、パリ合意でも上限として提案された1.5℃に不穏なほど近い。
「今日はわたしたち全員にとって新時代の幕開けです」各国代表が出席するオープニングセッションで、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のクリスティーナ・フィゲレス事務局長はそう宣言した。「(パリ会議で)みなさんは一丸となって努力し、公平性、透明性、新たな成長戦略に基づく、包括的な変革のヴィジョンを生み出しました。この共通のヴィジョンにそって、確かな変化を実現するため、いまこそ力を合わせるときです」

そのすぐ近くのずっと狭い一室で、集まった数十人を前に、ロンドンに拠点を置くアクションエイド(ActionAid)のテレサ・アンダーソン氏はパネリスト4人のうちの1人として、NASAのデータを引用しつつ、発表をおこなった。
「今年の4月は史上もっとも暑く、7か月連続の最高記録更新となりました。わたしたちには、より高い目標と、より積極的な行動が必要です。何千何万という亡命希望者が命を落とし、政治家たちが壁を建設して締め出す提案をしている現状に、誰も望まない未来の一端が垣間見えます」
「パリ合意で定められた+1.5℃目標は、食糧安全保障に不可欠なものです。それどころか、地球のライフラインともいえる数値かもしれません。けれども、問題はわたしたちがそのライフラインをしっかりと握りしめ、たぐり寄せて必然的な結論にたどり着けるかどうかです。残念ながら、パリ合意には依然として、目標を達成するためのルールとツールが欠けています」

このように、会期を通じて、発表内容は楽観と悲観のあいだで揺れ動いた。会議は5月16日から26日まで開催され、パリ合意の方針や複雑な細則(たとえば森林破壊を扱う REDD+ の資金調達や、途上国での排出削減プロジェクトを扱う クリーン開発メカニズム(CDM) などが話し合われたが、実質的な決定はおこなわれず、11月7日~18日にモロッコのマラケシュで開催されるCOP22に持ちこされる。
「被害は今まさに広がっている」
メインホールでの宣言とおなじ楽観主義が初日は趨勢となった。「親愛なる友人のみなさん、交渉段階は過ぎ去りました。協働という新時代の幕開けです!」まもなくポストを退くフィゲレス事務局長は賛辞を述べた。「パリ合意で定められたグローバル目標、そしてそれを実現するための手段に、全世界が一丸となって取り組んでいます」
一方、ワシントンに拠点を置く「憂慮する科学者同盟(UCS; Union of Concerned Scientists)」の戦略・政策ディレクター、オールデン・メイヤー氏は悲観的な意見を表明した。小会議室でのパネルディスカッションでアンダーソン氏の隣に座った彼は、次のように警鐘を鳴らした。「わたしたちは切迫感をもって、対策をより迅速に進めていかなければなりません。もっと大々的な緩和策が必要ですし、被害補償の資金もまったく不十分です。現時点ですでに+1℃(工業化以前の平均気温と比較)で、これだけ被害が生じているのですから」

会議がおこなわれる間も、カナダのフォートマクマレーでは巨大な山火事が燃え続けた。インドでは史上最悪の干ばつにより 3億3千万人 が水ストレスに陥った。アフリカでは、同じくエルニーニョと気候変動によって激化した干ばつのため、3600万人 が飢餓状態の寸前となった。オーストラリアでは、グレートバリアリーフの 93% が高温による白化を示した。気候変動の脅威は世界中で進行しており、研究者の予測を上回るペースで温暖化がすすむなかで、作物の大凶作、飢餓、政情不安、気候難民 の増加、破綻国家といったリスクが迫っている。
パリ合意における大きな成果のひとつが、2100年までに工業化以前からの気温上昇を+2℃以内にするという、バングラデシュ や マーシャル諸島 のような低地の脆弱な国家にとって破滅に等しい目標から、先進国が譲歩したことだ。強い圧力により、これにかわって+1.5℃以内の上昇に抑えるという目標が採択された。
だが問題は、多くの気候科学者が指摘するとおり、かりに奇跡が起きて化石燃料の使用が明日止まったとしても、今後数十年のあいだに0.3℃の気温上昇は起きるということだ。世界の気温上昇を+1.5℃以内に抑えるというパリ合意の目標は不可能に近いと専門家は言う。

中国、米国、インドの「ビッグ3」を含む196か国がカーボンフットプリントの自主的削減に合意したが、パリ合意での排出削減目標では、2100年までの気温上昇は+3℃となる。これほどの気温上昇が起これば、世界でもっとも暑く貧しい地域は壊滅的な被害を受け、農業と生物多様性は重大な脅威にさらされ、北アフリカや中東などの地域は 居住不能 となるだろう。
要するに、気温上昇のギャップを埋める有効なプランは存在しないのだ。だが、交渉はさかんに行われている。
「英国がパリ合意に調印した直後、帰国した高官たちは33億ドルの石油・ガス企業への汚れたエネルギー補助金を承認したのです」フレンド・オブ・ジ・アース(FoE)英国のアサド・レーマン氏は言う。「パリ合意を考慮すれば、こうした補助金は廃止すべきでした。ここ(ボン)で話し合われていることと、国内で起きていることは、完全に乖離しています」
このようないらだちはボンでの1週間の会合のあいだずっと聞かれた。活動家たちは、変革のスピードの遅さを非難した。ある会合で、いたたまれなくなったわたしは、悪魔の擁護者としてこう質問した。「昨年12月パリで、世界の指導者たち自身、この合意は十分ではないがスタート地点として必要なものだと認めています。それにかれらは、今後数か月から数年のあいだに、文書を修正し強化していくことも約束しています。時間をあげてもいいのでは?」
「すでに人命が失われているのです」債務と開発に関するアジア民衆運動(APMDD: Asia Peoples Movement on Debt & Development)のリディ・ナシル氏は切り返した。「化石燃料プロジェクトは、パリ合意の後すぐさま廃止すべきでした」
「行動し、旗振り役になれ」
COP21の議長にあらたに指名されたフランスのセゴレーヌ・ロワイヤル環境相は、気候変動というグローバルな課題への対処において、また持続可能開発への取り組みにおいて、国際社会の連携が可能であることを、パリ合意は示したと言う。

「昨年12月、わたしたちはパリ合意という、野心的で、バランスがとれた、公平な妥協点に達しました。それ以降のわたしたちの優先事項は、合意にもとづいて行動し、現場での対策を強化することです。基礎を築くことができたいま、一緒に住む家を建てることができるかどうかはわたしたち次第です。みなさんには、すすんで行動し、旗振り役となってくださることを期待しています」
希望を抱くのはいい。だが、ぞっとするような現実を忘れてはならない。パリ合意で炭素フリー経済の提案がなされたにもかかわらず、何十億ドルという 各国政府の補助金 がいまだに化石燃料業界につぎ込まれ、石油や天然ガスの採掘に使われている。対して太陽光、風力といった再生可能エネルギーや原子力へのインセンティブは微々たるものだ。これらのテクノロジーはますます安価で効率的になりつつあり、大幅な排出削減には絶対に欠かせないものであるにもかかわらず、である。
干ばつ、巨大な嵐、海面上昇、サンゴ礁の死滅など、気候変動によって引き起こされる無数の脅威に発展途上国が適応するためには、数兆ドルの資金が必要だ。しかし、先進国が拠出を約束したのは ほんの数十億ドル でしかない。

ボン会議では多くの大胆な資金調達案が検討された。化石燃料企業を相手に訴訟を起こす。飛行機や船舶での移動・輸送に課税する。気候災害に対する保険債券を発行する。どれも猛反発は必至だ。
だが、ニューヨークを海面上昇から守る防波堤を建設する資金がどこから出るのかを知る人はいないし、それがバングラデシュならなおさらだ。氷河の消滅、河川の流量減少、帯水層の衰退によって、それらが賄っていた水供給の減少分を補う方法も不明だ。故郷が居住不可能となる何百万という 気候変動難民 の移住に関して、国際社会がどのように交渉し実行していくのかもわからない。
フィゲレス事務局長はゆるぎない希望のメッセージを伝えた。「わたしは確信しています。長い時間をかけ、多くのことを成し遂げてきたこの(各国の交渉役の)グループが、協働を継続し、パリ合意で提示されたビジョンを新たな現実に変えることができると。みなさんが誰も排除することなく、すべての国のすべてのステークホルダーの共同体であり続けることができると。そして昨年12月に成功を収めた協働の精神が、マラケシュやそれ以降も前進を続けることを」
ボンに漂う悲観と楽観の矛盾した空気を体現するように、アクションエイドのテレサ・アンダーソン氏は、フィゲレス事務局長が示したように政治的意思が長く継続すると信じたいが、確信は持てないと言う。「(パリ合意の+1.5℃目標を)要求しつつ、どうやってそれを実現するかについては何も言わないのでは、ほとんど意味がありません。政治の世界の現実が、地球がおかれた現実を覆い隠そうとしているいま、科学にはそれ以上の訴求力が必要なのです」
ジャスティン・カタノーソは、ウェイクフォレスト大学(米ノースカロライナ州)ジャーナリズム学部長。彼の気候変動に関する報告は、危機報道ピュリツァーセンター(Pulitzer Center on Crisis Reporting)、ウェイクフォレスト大学エネルギー・環境・持続可能性センター(Center for Energy, Environment and Sustainability at Wake Forest)の支援を受けている。.
